マスキングテープをめぐる各地の思い出。岡山県倉敷市美観地区にてmtの話。

近所に住んだことをきっかけに、マスキングテープ発祥の地が倉敷市であることを知る。私が岡山県倉敷市という街を認識したのは、大学院修士課程を専攻しているときだった。今から6年前のこと。

岡山県倉敷市は新卒で入社した会社で、倉敷支店の見学ではじめて訪れた。美観地区やデニムが有名なんだということを知り、今日までずっと同じイメージだった。

ひょんなことから倉敷市の近所に住むことになり、こどもの散歩で美観地区へ足を運んだ。とてもかわいらしい街だった。歴史的な建造物が保存されている地区だという噂の通り、厳かで静かで時間がゆっくりと過ぎていく。観光客の賑わいも加わり豊かさも感じられる。街並みは昔の建物群なのでヒューマンスケールで心地の良い。
ベビーカーを押しながら古い街並みをてくてくと歩く。外国人観光客にベイビーかわいいねなんて言われたり、おじいちゃんおばあちゃんと挨拶を交わして子育てを励まされたりなんかしながらの、のんきなお散歩。岡山らしいとても天気の良い日。なんと贅沢な時間なんだろうなという気持ちとお仕事中のおケチ旦那様に申し訳ない気持ちが少しだけわきつつゆっくりした時間を過ごしていた。
美観地区でマスキングテープが売ってあるお店を見つけた。名は『如竹堂』。趣のある雰囲気で落ち着いた外観だった。お店の中には便箋、マスキングテープ、紙風船などが販売されているのが見えた。午前中の早い時間だったためとても静かだった。昔は表具屋だったらしい。

「マスキングテープは倉敷発祥」という文字が目に入る。
mtで有名なマスキングテープは倉敷市発祥だったのか。女性なら一度はかわいいなとどこかで思ったことがあると思う。私もそうだ。あのマスキングテープは倉敷市発祥だったらしい。好奇心をくすぐられる。ベビーカーで小さな段差を乗り越えてゆっくり中に入る。小さなかわいいマスキングテープが沢山飾られていた。すべてのマスキングテープの柄を一つ一つ吟味していたら何日かかるのだろうか。この中からお気に入りを見つける行為はとても楽しい作業だが、疲弊することも想像できた。長居はせずに倉敷限定の柄を2種類購入した。

マスキングテープが倉敷発祥だったということが気になった。カモ井加工紙が2008年に文具・雑貨向けとして「mt」として販売をはじめたらしい。
当時15歳、中学3年生の時か。私がマスキングテープを初めて使ったのは大学1年生のときに建築模型を作成した時だったと思う。大学では建築とデザインを学んでいた。世界では3Mという会社がマスキングテープを売り出したのが始まりだとなんとなく聞いたようなきがするが、真実は定かではない。
あのころは今ほどマスキングテープがこんなにたくさんの種類があった記憶はない。いつの間にかマステは課題に使う道具からかわいらしい文房具のイメージになっていた。
それからマスキングテープとの思い出をまた思い出した。縁あって少し前まで浅草に住んでいたことがある。すぐ近くの蔵前という街にmt lab.というお店があった。なんとなく歩いていた時にふらっと立ち寄ったお店だ。洗練された空間を演出していた。マスキングテープの展示方法に感心したことを覚えている。ロケット鉛筆方式で壁にマスキングテープが縦に積み上げられていた。一つ手に取ると積み重ねられたマステが落ちてくる仕組みだ。マスキングテープからこんなにも世界が広がるのか。白い近未来的な空間はまさに科学研究所の研究室のようだった。訪れたのは夕方だった。外に出た時は薄暗くなっていた。あの街は夕方になると帰らないとな思わせる不思議な雰囲気があった。
あのお店を訪れてから、2年ほどたっただろうか。こうしてまたマスキングテープが沢山売ってある雑貨屋さんにふらっと入ることになるとはな。そんなことを思い出しながら目の前のマスキングテープの棚と向き合った。
マスキングテープをカモ井加工紙が文具として販売したのは、3人の女性が他の色も作ってほしいというお願いが工業用のマスキングテープを装飾として使用された1冊のミニブックと届いたことが始まりだったらしい。この逸話から、好きなことや何か1つの事を深く深くつきつめていくと世界が開けるということを見せつけられた気がした。マスキングテープ1つにも広大な宇宙があるのだと。マスキングテープとの出会いは福岡、かわいいマステを初めて買ったのは東京、マステの歴史に触れることになったのは岡山と各所で思い出があった。日本はどこでもほとんど同じものが買えるからどこに住んでも変わらないなと思っていたけど、同じものがそれぞれの場所に合う形で表情を変えて存在している。環境はそんなものにまで影響を与えるのかもしれない。そんなことに気が付いた出来事だった。
カモ井加工紙はカモ井のハイトリ紙が最初の商品だったらしい。これはカモ井のリボンハイトリ紙が横道世之介という映画のワンシーンに出てくる。このシーンをなぜか私はとてもよく覚えている。横道世之介という主人公が彼女を連れて実家に帰るシーン。彼女はお金持ちのお嬢様で、台所にあるリボンハイトリを初めて見て触ろうとする。一緒に準備をしていたお母さんに「触らんが方がよかっ」と止められて二人で笑いあうシーンだ。なぜかとても印象に残っている。とても時代背景と社会の構造が見えるようなシーンだけどいい光景だなと思った情景だった。ああ、あのシーンのあれはカモ井加工紙の製品だったのか。なんだか縁があるな。不思議だな。こんな風に時たま過去の出来事がつながることがある。次から次へと点の思い出が線になる。年を取るということはこういうことなんだろうな。いろいろな物との出会いや新しい知識が過去の出来事とつながることが増える。過去が多いということはそういうことなのかもしれない。
マスキングテープはあまりにも身近でどこにでも売ってある。あえてそこに目を向ける事はない。シンプルで変わりない毎日にはキラッと光る奥深いことがまだまだ隠れているのかもしれない。外の世界の大きな出来事に惹かれて身近なところを見ていない。そんなもったいないことしていたんだなと思わされた。
最近、映画を見ていないな。来週は映画を見よう。
わたしの宇宙はどこかしら。